ロックバンド『クリエイション』でドラムを担当していた樋口晶之氏が亡くなられたことが明らかになった。

 

『クリエイション』といえばロンリー・ハートなどの楽曲が有名なロックバンドである。

 

樋口晶之氏の死亡の原因などを分かる範囲で書いていきたいと思う。

 

 

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樋口晶之のプロフィール

 

 

【名前】:樋口晶之

【読み方】:ひぐち まさゆき

【出身地】:愛知県名古屋市

【生年月日】:1954年2月24日

【星座】:うお座

【デビュー】:1970年

 

樋口晶之の経歴

 

 

15歳の頃からプロとして活動していた樋口晶之は、1970年にクリエイションのメンバーに加入し10年間クリエイションとして活動されていました。

 

『フェリックス・パパラルディ』と一緒にワールドツアーを行なったこともあるようです。

 

脱退後はフリーで活動していた樋口晶之は『竜童組』、『土岐英史&RioSon』など数多くのバンドに参加しながら、サポートメンバーとして活躍していった。

 

その後夏木マリがボーカルを務めた『GIBIER du MARI』のメンバーになった樋口晶之は、音楽専門学校で講師を務めたりもしていた。

 

2003年に『ザ・ゴールデン・カップス』の再結成ライブに参加した樋口晶之は、これ以降もサポートメンバーとしてドラムを担当していた。

 

63歳で亡くなられたとの報道が・・・

 

クリエイションのドラマーとして活躍した樋口晶之が7月3日に亡くなられたことがわかった。

 

これはBlue Sky Music代表の小西友彦氏のフェイスブックにて明らかになったことのようだ。

 

スポーツ報知によると、

 

1970年代にロックバンド「クリエイション」で活躍したドラマーの樋口晶之さんが3日に亡くなったことが分かった。63歳だった。クリエイションを手がけるBlue Sky Music代表の小西友彦氏がフェイスブックで明らかにした。かねてから病気療養中だったという。

同バンドは70年から80年代にかけて、日本を代表するロックバンド。米プロレス兄弟チーム「ザ・ファンクス」入場テーマ曲として使われた「スピニング・トー・ホールド」や、日本テレビ系ドラマ「プロハンター」のテーマ曲となった「ロンリー・ハート」で知られる。今年9月には大阪でライブに出演する予定だった。

通夜は7日午後6時から、葬儀・告別式は8日午前11時から。ともに東京・目黒区八雲1の1の9、「セレモニー目黒」で。喪主は妻・孝子さん。

引用元:スポーツ報知

 

現在のところ死因は発表されていないですが、分かり次第追記したいと思います。

 

ネット上の反応

 

 

63歳という若くしてなくなったことに悲しみの声が多くありました。

 

通夜が7日の6時から行われ、告別式が8日の午前11時から『セレモニー目黒』で行われるそうです。

 

喪主は奥様である孝子さんです。

 

 

樋口晶之さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。

 

 

最後までお読みいただきありがとうございます

 

 

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